top of page
須藤 悟

2024/08/15サラリーマンの経験は無駄ではなっかった



私は2001年3月に工業高校土木科を卒業し、それからサラリーマンとして2021年7月15日まで働いておりました。お世話になった会社は全部で4社で、今思えば4人の社長様に雇っていただき様々な経験をさせていただきました。そのなかには数々の失敗、また沢山ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございませんでした。今の私があるのは山のような失敗の経験があるおかげだと思っております。そして4社で経験させていただいたことは全て農業という分野において役にたっていると感じております。


1社目は土建会社です。現場の施工管理ということで測量をしたり資材の手配や工事関係者との打ち合わせ等を経験させていただきました。土木も農業も土ですので、あの時の経験が役にたっていますし、動画で栽培の記録を撮影しているのは施工管理とまったく同じ発想です。後からでもどのようにしていたのか説明できます。ところが、それだけでなく色々な失敗も起こしてしまいました。1番最悪だと思う出来事は、私は現場で活躍する建設機械が好きになってしまってこっそり運転の練習なんかしちゃったりしていました。大型自動車の運転免許も個人的に取得し、トレーラーで建設機械の運搬などもさせていただきました。そしてある日、また調子に乗ってユンボを運転していたら現場で新設したばかりの電線に引っかけてしまい危うく切断してしまうという事件を起こしてしまいました。周りをよく見ていませんでした。切断はしなかったのですが、ダランと垂れ下がってしまって、今でもそのまま使用されてるようです。本当に申し訳ありませんでした。


2社目は長距離トラックの運送会社です。大型自動車の免許がありましたので大型トラックでだいたい東北の岩手県から千葉県、東京都、神奈川県などの関東地方との間を往復しておりました。現在、社会貢献事業で東京都足立区の小学校様に直接お米を届けさせていただいておりますが、田舎者の私が東京の複雑な道路もあの時の経験のおかげで自ら運転し難なくお米を届けているという訳であります。ところがやはり失敗もありまして、まぁ事故なんですが、東京都北区にて深夜に道を間違えた為、路上で強引にUターンしようとバックしていたら、トラックの後方が民家のブロック塀にぶつかり破壊してしまいました。本当に申し訳ありませんでした。他にも道を間違えて千葉マリンスタジアムでUターンしたり、東京ディズニーランドの周りをぐるぐる走っていたりと訳のわからないことをやってしまってました。申し訳ありませんでした。


3社目は建築鉄骨製作工場です。建物の骨組みを鉄骨にする場合、ほとんどを工場で製作し現場で組み合わせて建てます。鉄骨は溶接を頻繁に行うのですが、その溶接に傷などがないか超音波で検査します。それは自社でももちろん検査をしますが、第3者検査機関が同じように超音波で検査を行います。たしか阪神淡路大震災で建築基準法が変更され、要するに溶接個所から破壊が発生し倒壊した事例が多かったので、溶接個所はしっかり検査しましょうということになったそうです。お米を(株)つくば分析センター様にて残留農薬検査を受けているのはこの発想と同じです。農薬を使用していませんといくら私が話しても、第3者の検査結果があるのとないのでは信頼度が変わるのではないかと思いました。そしてこちらの会社でももちろん色々な失敗はありましたが、ほぼ書くことが出来ない内容なので内緒とします。大変申し訳ございませんでした。


4社目は大手パン屋さんです。戦後、簿外資産等により成長した大企業です。トラックにてパンを店舗に届けたり、注文を受けたり、セールスをしたり、集金もしておりました。1日中トラックに乗っていましたが、会社は食品会社で商品は人が食べる物ですので、食品の取り扱い方を学びました。食品つながりで今はお米を作って販売等させていただいております。すごく行っていることが似ていますので、あの頃の経験が役にたっております。そしてこちらの会社でももちろん様々な失敗はありました。1番の失敗は架空の売り上げをつくり続けたことだと思います。売上ノルマを課せられていて達成させなければ私も上司達も怒られてしまうので、生活の為に必死っだったのだと思います。納品した商品を欠品扱いしそれを値引きとして新しい注文を受けたり、他にも色々やりました。


という風に、悪くいえば止め癖が付いていた、良くいえば様々な経験を経て、現在はピロール米(自然栽培バージョン)で社会貢献事業をさせていただきたいと考え活動しておりました。

閲覧数:8回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page